皆さんはクジラ構文が何のためにあるか知っていますか?実は、「魚ではない」と訳してある解説は全て重大なミスを冒しています。肯定文を否定で訳すと大きな誤解が生じます。今回は比較級+thanの構造を前から理解する方法を解説し、no more thanの2つの意味派生、not more thanとのマクロ視点における違いを解説します。これを読めば比較級に抱いていた謎の多くが理解できます。
比較級とthanの構造|語源「then(その次)」が教える語順の正体
比較級とは形容詞または副詞のお尻に-erを付けるか原級のまま前にmoreを付ける用法のことです。比較級を用いて主に2つのものに順序をつけます。
そして基本的な文の構造としては、2者択一で、どっちが1番かを伝えるものなのです。
例えば次の文章を見て下さい。
Taro is richer than Jiro.
太郎は次郎よりリッチだ
こちらは文章が短いので、比較級に慣れている人であれば和訳を見ても気が付かないかもしれませんが、英単語の置かれた順番通りに前から理解しようと思うと「次郎より」と「リッチだ」の順序が逆になっていますよね。
英単語の語順だと「太郎はリッチだ次郎より」と言うのが正確です。
でも日本語としては不自然なので、語順を入れ替えているわけです。
では、そもそもネイティブがどうやって前から理解しているかと言うと、
「太郎は(2人の内)1番リッチだ、次郎は2番目だ」
このように前から理解しているんです。
thanの語源は「それから(その次に)」を意味するthenと同じなので、元々は次のような文章になっています。
Taro is richer, then Jiro (is rich).
太郎は1番リッチだ、その次が次郎だ
語源的に「主語が1番、次が2番だ」と形容詞に「より(どっちが1番か)」を意味する-erを付けることで2者間の上位を決めているのが比較級の表現なんです。更に比較対象が分かればis richは不要でJiroは目的格で扱っていました。対象が私ならthan meです。
で、richとかtallみたいなポジティブな含みのある形容詞の比較なら主語が上位になり、poorとかsmallのようなネガティブな含みなら主語が下位を表すことになります。
Taro is shorter than Jiro.
太郎は1番背が低い、次が次郎だ。
「背が低い」は「背が高い」と比べるとネガティブなイメージがあるので、1番背が低い=下位という構造になっています。
しかし、日本語でもマイナスの形容で競うのは避けて、プラスの印象で競うのが普通ですよね。「あの人の方が貧乏だ」「あの人の方が背は低い」より「あの人の方が金持ちだ」「あの人の方が背は高い」の方が好まれます。
ポジティブかネガティブかに拘らず、このような単純な比較を優勢比較と言います。
劣勢比較less thanの存在意義|「反意語のない形容詞」を攻略する
優勢比較と対比して劣勢比較と言うのがあります。
例えば、次のような文です。
Jiro is less rich than Taro.
次郎は太郎ほどリッチではない。
一見、日本語にはない感覚で理解しにくいと思われていますが、構造としては非常に単純です。
次郎が2番目にリッチ、1番が太郎だ。
lessは「少ない」を意味するlittleの比較級なので「リッチさではより劣る」というわけで順番が入れ替わるだけの文章です。
劣勢比較もまたマイナスイメージの形容詞を使って表現することは少ないです。
Taro is less poor than Jiro.
太郎は次郎ほど貧乏ではない。
(太郎は2番目に貧乏、次郎は1番)
2者択一の優劣では太郎が1番、次郎が2番なので、順位としては以下と同じです。
Taro is richer than Jiro.
太郎は1番リッチ、次郎は2番。
Jiro is poorer than Taro.
次郎は太郎より貧乏。
次郎は一番貧乏、太郎は2番。
構造上は説明通りですが、リッチさを競うためならless poorよりもricherを使う構文を選ぶし、特殊な文脈で貧乏さを競うならpoorerを使って順序を決定する方が多いと思います。
劣勢比較の存在意義は、「金持ちと貧乏」「大きいと小さい」のように反意語が存在する形容詞で用いるよりも反意語が存在しないような形容詞で用いることにあります。
例えば、「有名なfamous」「重要なimportant」「一般的なcommon」「生産性があるproductive」のような反対の意味が良く分からない時は「そんなに有名じゃない」「そんなに重要じゃない」「あんまり一般的じゃない」「そこまで生産性があるとは言えない」のように日本語でもその形容詞を使って、程度を下げるじゃないですか。
これは単にnotを使って「有名じゃない」「重要じゃない」「一般的じゃない」と言う強い否定をするのではなく、「有名な程度が劣る」とか「重要さが劣る」と言う感覚に近いですよね。
これがless thanの感覚です。
往々にして、このような形容詞は比較対象であるthan以降がなくても「何と比べて?」という疑問が沸きにくい傾向にあるように思います。
no more than(数表現)の本質|「多くない」という上限のインプレッション
つぎにno more thanの解説をします。
Taro has two books.
太郎は2冊本を持っている。
この表現に説明は要らないですよね。
では少し変化させてみましょう。
Taro has two more books.
太郎は2冊余分な本を持っている。
(太郎はもう2冊本を持っている)
moreは形容詞many(数が多い)とmuch(量が多い)の比較級ですね。
意味的には「余分な(本)」というニュアンスです。
だから「もう2冊」持っているという表現になります。
Taro has more than two books.
太郎は余分な本を持っている2冊より。
(太郎は2冊より多く本を持っている。)
more thanは「より多くの」を意味しますが、ここでのポイントは2を超過する(2と言う数を含まない)ということです。すなわち「3冊以上持っている」と同じ意味です。
前から理解するなら、
太郎は持っている、余分に(3冊)、だって次は2冊の本。
比較級には順番がついていると言いましたが、数が2より上だという表現なので、結果的に3と言う数字にたどり着くことが出来ます。
この文章のmoreを否定するのが次の文です。
Taro has no more than two books.
太郎が持っていも2冊の本だ。
(太郎が持っているのは2冊以下の本である。)
no+比較級ではnoは比較級(形容詞)を否定し、比較の対象との差がないことを表します。
つまり「多くない」「2冊と差がない」をミックスして「持っていても2冊だ」という2冊を上限とした表現です。
また3冊以上を否定していることからも2冊以下になることも(2を含む、2と差がない、2である)分かるでしょう。
前から訳すと「太郎が持っているのは多くないよ、(だって)2冊の本だから。」と言っている訳なので、実質的に「2冊本を持っている」けど「上限はそんなもんだ」という「多くない」印象を与えるための表現なんです。
だって多くないno moreってはっきり言っているわけだし。
しかし、ネイティブの共通認識にある「上限だ」という考え方は非常に厄介です。
なぜなら「持っていても2冊が上限」なので、視点が変わり「持っていない可能性すらある(0~2冊)」と考える人もいます。no more thanはonlyに言い換えが出来るだと習いますが、こうなってくるといつでも言い換え可能な表現だとは言えません。
つまり、「2冊しか持っていない」という意味なのではなく、「持っていても2冊だ」「多くても2冊だ」というニュアンスを持った表現なんです。
これがno less thanなら「下限はそんなもんだ」「少なくないでしょno less」と言う印象を与える表現になります。
クジラ構文(啓発表現)|「魚ではない」は誤訳!間違いを正すための構文
クジラ構文とはa whale(クジラ)を主語にno more thanを組み込んだ代表的な構文の事です。
日本の英語教育を受けた人ならだれでも知っている例文で以下のような間違った和訳と解釈で教えられています。
A whale is no more a fish than a horse is.
クジラが魚でないのは、馬が魚でないのと同じだ。
実はこれは和訳なのではなく単なる解説をそのまま訳に転用しているだけなのでわけが分からなくなるんです。
正しくは以下です。
A whale is no more a fish than a horse is a fish.
「クジラが魚だ」と言うのは「馬が魚だ」と言うのと大差ない。
どうですか?言っている内容は同じですが、訳し方が正反対ですよね。
noは比較級moreに対する否定であって「魚ではない」のように魚を否定しているわけではないので、クジラ構文それ自体では解釈上問題が起きませんがほとんどの場合和訳に躓き、要らぬ誤解を招きます。
元々は、「クジラって魚だ」と間違って信じている人に対して、あなたの考えは「馬が魚だ」と言っていることと大差(more)ない(no)と、間違いを指摘する表現なんです。
thanの前後では「違いがない=大差ないno more」と言うのがクジラ構文の真の姿なんです。
良い意味でも悪い意味でも(主に悪い意味で)間違いを伝えるので、thanの前、要するに主語は「聞き手の間違った認識」、そしてthanの後は「聞き手でも知っていそうなこと」を配置します。
多くの新聞記事が誤訳したオバマ演説のクジラ構文をこの法則に従って意訳した後で解説してみます。
For the American people can no more meet the demands of today’s world by acting alone than American soldiers could have met the forces of Fascism or Communism with Muskets and Militias.
『アメリカ国民がバラバラに行動して今の時代の要求に応えられる』というのは、『独立戦争の民兵がマスケット銃一本でファシズムに勝てたはずだ』と空想するのと、何ら変わりはないのです。(どちらも絵空事で大差ない)
https://obamawhitehouse.archives.gov/the-press-office/2013/01/21/inaugural-address-president-barack-obama
Fascismとは戦争のきっかけとなったドイツの独裁主義をCommunismとは戦後のソビエトの社会主義を明示し、世界大戦や冷戦を暗示しています。
またMuskets and Militiasは独立戦争時代のマスケット銃と民兵を明示します。
演説文を簡単に言えば「団結して新たな戦略を立てよう」という事です。
thanの後(B)に否定の文字は一切ありません。
(A)の「バラバラでも良いんだ」と言う間違った想定を覆すために(B)の明らかに間違った「古い戦術でも戦えたかもしれない」という想定を持ち出して想定(A)は想定(B)と大差ない(no more)んだと言っています。
さらに(B)では接続法(いわゆる仮定法)が用いられていて実際に古い戦術で戦ったわけではないのに「マスケット銃と民兵で戦えなかった」という述語否定で訳出し「戦って負けた」としか解釈出来ない和訳が散見されました。あくまでも「戦ったとしても勝てたんじゃないかな」という空想の話を肯定的にしているので、肯定で訳さないと大きな誤解が生じます。
このように「AとBの差なんてそんなものだ」という時にクジラ構文を使います。
じゃあ、クジラが魚でないのであればなんでしょうか?
そのような相手の質問に対する回答文で使えるのがno less thanなんです。
A whale is no less a mammal than a horse is a mammal.
クジラは馬と同じ哺乳類だよ。
こちらはno less thanの代表的な例文ですが、「クジラは哺乳類(C)」であり「馬が哺乳類(D)」であることとは少しの差もない、つまりCとDの持つ意味は同じである、と言っているんですね。
noは「少し」を意味するlittleの比較級lessを否定するので「少しの差もない」と言う意味になります。
つまり啓発表現の中で、相手の間違いをno more thanで指摘し、no less thanで正しさを伝える、そんな関係性があります。
not more than は非セットフレーズ|契約書と口語の使い分け力学
比較級はもともと順番を述べる文章ですが、noでmoreとlessを否定すると「差がない≒同じだ」という表現に変わります。
似た表現にnotで否定文を作る比較級、not more thanとnot less thanがあります。
notは述語を否定するので、文章全体を否定することになりますが、ネイティブにとってno more thanやno less thanの意味と結果的に変わらず、やや強い否定となることがあるので、お互いの取り決めや規則を書面にする以外、口語では好んで使われません。
例えばよく質問で見かけるのが、数字とくにお金の話でno more than 1000とnot more than 1000のような例文です。
No more than=only(しかない)
Not more than= at most(多くても)
という公式から
1000円しかない
多くとも(最大)1000円だ
と言う違いがあるという解説がされます。
でもよく考えてみて下さい。
「1000円しかない=only」と言うのは「1000円だけある=only」と言う上限の話を所持金を少なく演出するために否定的にしているだけなので、「最大1000円=at most」の単なる言い換え表現に他ならないわけです。
だからno moreは「多くないよ」を伝える表現だと言っているんです。
日本人にとっても、伝わる印象が異なるだけで内容は同じです。
図形を使ってonlyだのat mostだの言っていても分かったつもりになるだけです。
それよりも、マクロで抑えるべきポイントがあるので例文で解説します。
I have more than 1000 yen.
1001円以上はある。
これを否定すると否定する場所によって和訳が変わりますが、言っている内容は同じで「上限は1000円だ」になります。
①I do not have more than 1000 yen.
1001円以上持っていない。
②I have not more than 1000 yen.
1001円以上持っていない。
③I have no more than 1000 yen.
1000円超えない程度持っている。
敢えてニュアンスの違いを出しませんでしたが、①と②はnotなので述語である「持っている」を否定しています。
doは述語動詞であるhaveの時制を守るための助動詞なので実質的には否定する場所が同じです。
違いと言えば「助動詞の否定」か「本動詞の否定」か、と言う差でしかありません。
つまり①はdo notのセット、②はhave notのセットなのでnotは more thanとのセットフレーズではありません。
問題はdo notで済むところなぜhave notにする必要があるのか、です。
契約書などの文語で助動詞の否定を使わず、本動詞の後にnotを置くのは、more thanの直前にnotが来るので、間違いを防ぎやすいし(超過して買うのか買わないのか間違えると大問題になる)、やり取りがスムーズになります(more thanだっけ?”not” more thanだっけ?という会話だけで成立する)。
つまり、お互いの生産性や効率化から出てきたような表現だという事です。
①で十分なところ、わざわざ②のように口語でhaveを否定するのは「それ以上持っているわけない」という念を押すような強い否定のニュアンスに変わってしまいます。
他方で③はmoreを否定し「多くない」ことをニュートラルに印象付ける表現であると言えるわけですね。
noはnotより強い否定で、これはnoがゼロを意味するためだと解説されますが、そもそも否定する場所が異なっている為、実際には逆だということです。
まとめ
如何でしたか?
そもそも形容詞や副詞の比較表現
と言うのは原形のままでも比較を暗示しています。
例えば、この箱(A)は大きい(big)。
と言った場合、発言者の脳裏にある他の箱(B,C,D…)と比較して「より大きい」と何らかの基準を暗示していますよね。
比較級(bigger)は、Aとは異なる脳裏にあるBを取り出して、若しくは、目の前のCを指さすようにAとB、あるいはAとCを比べてその差を述べることが目的なんです。
何らかの形で-erを付けて、「A+er」「than B」で「Aが1番」「でBが2番」と言うのが、thenを語源とするthanの本質です。
ここから2つの意味が生じます。
①AはBを超過する。
②AはBに比べてある点においてプラスに差がある。
どちらもAとBの関係性は同じです。
これをnoでmoreの否定をすると以下になります。
①´AはB以下である。
②´AはBと大差ない。
①の系統は上限を意味する表現で数字表現以外でも「Bは決して多くはない」と言う目的で使われます。(no less なら「決して少なくない」)
②の系統は「程度の差」を述べる表現で「AとBは大差がない」と言う啓発目的で用いられます。(no lessなら「少しの差もない」)
一方で、notは述語動詞を否定するので文章全体の否定と同じであり、notとmore thanはセットフレーズではありません。
本来は助動詞doを否定すれば事足りるところ、本動詞の否定とmore thanの直前に持ってくると生産性向上や効率化を図ることが出来ます。
口語では念を押す強い言い方になる為、no more thanとno less thanのセットフレーズを覚えて置きましょう。
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