助動詞canの許可や依頼のイメージ出来ていますか?

法助動詞canの用法と例文解説アイキャッチ画像

助動詞canは中学で習う基礎中の基礎でありながら、その用法がいくつか存在するために、いま一つ理解ができない方も多いのではないでしょうか?「できる/できない」と言う能力だけでなく許可・可能性・推量・依頼は全て一つのイメージにつながっています。今回も助動詞canの意味を語源からその用法と例文解説をします。この記事で助動詞canの用法がしっくりくるはずです。

助動詞canの意味

助動詞canは中学で「できる」と言う意味の

用法で習います。

古英語ではcunnanで

「知っているto know」

を意味する動詞でした。

どうして「知っている」ことが

「できる」と言う能力と関係するんだ?

と思う人もいると思います。

実はとても密接で、現在の僕たちも

相手の能力を知りたい時に

「知っている」

を使って聞くことがあります。

例えば、折り紙を持って

「鶴の折り方を知っていますか?」

と相手に尋ねるのと

「鶴を折れますか?」

「鶴を折ることが出来ますか?」

と聞くのとは意味が全て同じです。

聞いた私は「鶴を折りたい」のであり、

「鶴の折り方を教わりたい」のであり、

そう言う心理的態度を持って

相手の能力を聞いているわけです。

そして相手にその能力があれば、

「知っていますよ。」

「折れますよ。」

「折ることが出来ますよ。」

どれで回答しても同じ意味です。

だから、Can youと尋ねれば、

話者の「能力を知りたい」心理的欲求を

相手に伝えることができるし、

I canと言えば

「知っていますよ、教えてあげましょうか?」

と言う心理的供給を伝えることも出来ます。

つまり、助動詞canは「知っている=できる」

と言う能力から可能性(推量)、許可など

に意味が派生した、気持ちを表す助動詞です。

助動詞canの例文と用法の解説

それでは、助動詞canの用法について

コアイメージを使って、

順番に解説してみます。

助動詞canの潜在的能力

I can swim.
泳げます。

学校では無機質に「できる」「できない」

としか教わりませんが、

「出来る」と言うのは文脈によっては

話者の「達成感」や「優越感」を

「出来ない」は、「未達成感」や「劣等感」

などの心理的態度を示すこともありますよね。

That child can’t walk yet.
あの子はまだ歩けない。

単に能力を伝えるだけではなく、

時に「もう少しなのに残念」とか

「頑張ってほしい」などの

話者の気持ちが伝わることもあります。

I can’t remember his name.
彼の名前が思い出せない。

本人を目の前にして

こんな風に思ったら、

「どうしよう」とか「やばい」

くらいの気持ちはあるかもしれません。

こんな風に「出来る」「出来ない」の

言葉の裏では、話者の気持ちと

つながっていると考えて見ると、

助動詞canはもっと楽しく使えます。

助動詞canの許可は潜在的能力の制限と解放

You can’t eat here.
ここで食べてはいけません。

能力から許可に派生したのが

分かりますか?

この派生は日本語でも

なんとなく分かりますよね?

「この場所では走れません」

「この場所で走ってはいけません」

ある特定の条件で能力が制限される

これが、「許可されない」です。

実際に禁止された場所であっても

話者の「ダメだよ」と言う気持ちは

添えられるものです。

否定文で「してはいけません。」

「許可しません」と言う

軽い命令の気持ちを表します。

逆に肯定文では許可を表します。

You can go.
行ってよい

強い許可もしくは弱い命令調で

「君にはもう用はない」

と言うニュアンスを伴うことがあります。

つまり「能力制限の解除」の意味です。

これが、助動詞canの許可です。

助動詞canの可能性とは潜在能力そのもの

It can be true.
本当かもしれない。

能力とは不可能ではなく、

可能性を秘めている

という事ですよね。

つまり、あり得るという解釈につながります。

その話は本当かもしれない、

あり得る話だよね。

と言うわけです。

これが、助動詞canの推量です。

It cannot be true.
本当のはずがない。

否定文ではその可能性を否定します。

助動詞willと同じように、

助動詞canは現在時制ですよね。

現在の可能性を否定しています。

現在完了形を使ったとしても

現在の話者の否定的な気持ち

という事に変わりはありません。

Taro cannot have done such a thing.
太郎がそんなことをしたはずがない。

完了した(かもしれない)ことに対する

現在の「あり得ない」という話者の気持ちです。

逆に「あり得る」という事は

「することがあるから」とも解釈できます。

Taro can be very rude.
太郎はとても不作法なことがある。

(だから彼が不作法なのはあり得る)

このように話者が知っている

主語の可能性から、話者が判断して

推察の気持ちを動詞に添える

助動詞がcanなのです。

助動詞canの依頼は潜在能力への協力

最後に、Can youの疑問文では

「出来る/出来ない」を尋ねることも

依頼をすることも出来ます。

これは状況や使う動詞の性質に依ります

例えば、Can you speak English?

なら、依頼にはなりませんが、

相手の能力が自分に向かう動詞なら

依頼の文章になり得ます

Can you give me something to drink?
何か飲みものをもらえませんか?

Can you pass me the salt?
塩を取ってもらえませんか?

依頼とは、相手の能力を自分に向けて

欲しい時に使う言葉の手法だからです。

これは、Iを主語にしたhaveやgetも

同じことが言えます。

Can I have something to drink?
何か飲み物をもらえませんか?

相手に可能性を尋ねている

と言い換えても大差はありません。

まとめ

如何でしたか?

助動詞canは「知っている」と言う

意味を語源に持つ「能力」を意味します。

「知っていること」と

「できること」は違う

と言う意見があることは

充分承知していますが、

それでも日常会話レベルにおいて

同じと考えて差し支えないと

個人的には思います。

折り紙の例もそうですが、

「泳ぎ方を知っていますか?」

「泳げますか?」

は同じです。

「知っているけど、泳げない」

と言うのは論理的に成り立たない

ように思います。

泳げないのは、本当の意味で

泳ぎ方を知らないことと同じです。

怪我など何らかの事情によって

知っているけど、今は泳げない

と言う論理は成り立っても、

それは実演するのが困難だ

と言っているのと同等なのであり、

潜在的な能力の否定にはなりません。

知っていることと潜在的な能力があること

は同じ価値を持っていると思います。

この潜在的な能力こそが

助動詞canのコアイメージです。

つまり、「泳ぐ」可能性は秘めている

と言うのが潜在的な能力です。

潜在的な能力が「あり得る/あり得ない」

とか、「することがある/しないことがある」

と言う可能性の解釈になるわけです。

また助動詞canの許可とは

ある特定の条件下における

潜在能力の解放と制限の事です。

その潜在的な能力を自分の為に使って欲しい

使ってくれますか?と言うのが、依頼です。

最後に時制の話です。

これは全ての助動詞に言えますが、

助動詞canが時制を担当するので、

それゆえに、本動詞は原形なのです。

原形に成らざるを得ないのです

助動詞canは現在時制です。

現在時制は未来の話にも使います。

時制のまとめ助動詞willをご覧ください。)

I can do it tomorrow.
明日、やれればいい。
(明日でもできる)

未来表現は、助動詞の

現在形を使い、現在時制のなかで、

未来のマーカーを付けるだけなので、

実は、とても簡単なのです。

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